「 宇宙飛行士と歯の話 」 ~その3~ | ナス動物病院

「 宇宙飛行士と歯の話 」 ~その3~ 

カテゴリーwhatsnew

 今回も宇宙飛行士のお話から・・・・・・
   
 — 宇宙生活と食事の話(栄養満点のチューブ食の落とし穴) —
    岡崎 好秀(岡山大学歯学部附属病院小児歯科 講師) 
 
            
 宇宙飛行士にとっての楽しみ、それは宇宙船から地球を眺めること。
 そしてもう一つ、それは食事の時間である。
 仲間と語らいながら食べること、それは緊張した生活に潤いをもたらす。
 宇宙食には、おいしく食べられるよう様々な工夫がなされている。
 日本のカレーが、スペースシャトルでも大好評だったとの記事もあった。
 ロシアの宇宙船には、フランスの三つ星レストランのシェフが作ったものまである。

 ところで、最初の宇宙食はチュ-ブ入りだった。
 これが登場したのは、1960年代のマーキュリー計画。
 そして最初に食べたのは、ジョン・H・グレン海兵隊中佐。聞き覚えのある名である。
 1998年に向井千秋飛行士と共に、スペースシャトルに搭乗したグレン上院議員
 だ。当時は、クリームスープ、ペースト状ビーフなどがアルミ製のチューブに
 入っていた。
 これを歯磨き剤のように、しぼりだして食べていた。
 しかし宇宙食の評判が悪かったことは、あまりにも有名だ。
 栄養的には満たされていたが、まずくて噛みごたえがなかったからだ。
 ある宇宙飛行士は、「まるで接着剤か靴ズミを食べているような感じだ。」と言った。
 また「アリゾナで訓練中に捕まえたヘビやトカゲより、まだまずい!」と言う声も聞かれる。
 「これを食べるくらいなら宇宙へ行きたくない。」と拒否したロシアの飛行士までいる。
 果ては、宇宙船の中にサンドイッチを持ち込んだ者も実在する。
 彼の名は、ジョン・W・ヤング。
 ジェミニ3号の操縦士として活躍した。
 彼は、宇宙船の中で船長に「コンビーフサンドにマスタードをつけますか?」と言った。
 船長ばかりでなく、地上の管制官も驚いた。しかし当初、誰もが悪い冗談か嫌味だと思っていた。
 ところが地球に帰還した船内から、パン屑が発見されたのである。これが大問題となったのだ。
 何故ならパン屑が、精密な器械に入ると宇宙船が誤動作を起こす可能性がある。
 そうなれば、地球に帰還できないかもしれない。
 だから当時、パンを持ち込むことなど到底できなかった。
 しかも宇宙飛行士が、船内にパンを持ち込むためには厳重なチェックを必要と
 する。これを潜り抜けることは、機密防衛上の問題もある。
 NASA長官が、議会で陳謝する問題まで発展した。

 でもそこまで危険を冒して、パンを機内に持ち込んだ理由は何だろう?
 そう!栄養学的に満たされていても、噛みごたえのない食物は満足できない
 のだ。さて人が食べることをドイツ語でエッセン(essen)と言う。
 ところが動物が食べることをフレッセン(fressen)と使い分ける。
 どうして言葉を使い分けているのだろう?
 人が食べること、それは栄養の摂取のみならず、歯ざわり・舌触りを楽しみ
 ながら、おいしく食べることだ。
 一方フレッセンとは、餌として食べることを意味している。
 かつての宇宙食では満腹感は得られても、満足感は得られないのだ。
 エッセンとフレッセンの違い。それは満足感と満腹感の違い。

 ところで現在でも、チューブ食は存在する。
 病院の点滴、鼻から管で胃に流し込む経管栄養。これも一種のチューブ食と
 いえる。これらチューブ食は、噛む必要がない。まさにフレッセンとしての
 食べ方である。エッセンとして満足感を味わいながら食べること、そのため
 には噛める歯も大きく関与する。

次をお楽しみに・・・・。